銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―32話・テントが並ぶ開拓地―



一旦クークーの元に戻り、先ほど見えた集落の近くまで彼に乗っていってから、
適当に離れた場所にクークーとポーモルを待たせておく。
ポーモルをクークーと一緒にしておくのは、
人里に連れて行く行為が彼女にとってマイナスにしかならないからだ。
モーグリは目立つからそれだけで不都合だし、
それ以前に人目にさらされることで彼女にかかるストレス自体大きい。
その点クークーと一緒なら、
人間もこのあたりのモンスターも近寄らないからまず大丈夫だ。
両者をそこで留守番させてから、
広大な草原とのどかな田園風景を眺めながら歩いていくと、
リトラたちは小さな村にたどり着いた。

―ギルベザート開拓村―
まだ建築途中の建物や掘っ立て小屋が目立つ、
いかにも開拓途中といった町並み。
一部では、たくさんの人や物資が収納できそうな大型のテントがいくつも並んでいる。
来たばかりの人たちが、仮住まいとして使っているのだろうか。
「ちっちゃい村だね〜。」
「開拓途中やからな。でも、にぎやかやしええな〜。」
簡単なつくりの門をくぐると、多少レンガや石で舗装された大通りにつながっている。
これ以外のほとんどの道路は土のままだが、
いずれはどの道も立派に舗装されるに違いない。
通りに沿って並ぶ店は数こそまだ少ないし露店が目立つが、
活気はバロンの城下町やダムシアンのカイポに負けないくらいの盛り上がりを見せている。
「にぎやかやな〜、うちこういうの大好きや〜♪」
リュフタはお祭り騒ぎやにぎやかな場所が大好きなので、
さっそく上機嫌になっている。
「リュフタごきげんだね〜。」
「あったりまえや〜♪好きなもんがあるんやでー?当然やないか!
そんじゃ、フィアスちゃんうちと買い物に行かへん?」
すると、誘われたフィアスの顔がぱっと輝いた。
どうやらすでに、言われる前から行く気満々だったようである。
「うん、いくいく〜!」
「あー、買い物ならあたしも連れてってよ!」
乗り気のフィアスに続き、アルテマも名乗りを上げた。
女の子だから買い物は好きだろうし、何か買いたい物もあるのかもしれない。
「あ、3人とも勝手に行っちゃ……。」
ペリドが慌てて呼び止めたものの一歩遅く、
2人と1匹はさっさと店の方に行ってしまった。
あっという間に人にまぎれて、どこに行ったかももうわからない。
「もう行っちまったぜ?」
「はぁ……3人とも、早すぎですよ。」
ペリドがあきれて肩を軽くすくめた。
待ち合わせ場所を決めずに行ってしまうと合流時に困るのだが、
行ってしまったものは仕方ない。
「ほっといて、俺達は先に宿を探すぞ。」
「ほっといてって……連絡はどうするんですか?」
ジャスティスが聞き捨てならないとばかりにルージュに言ったが、
言われた方は面倒くさそうに軽く頭を振った。
「そんなものは後でどうにでもなる。」
こういう規模が小さな集落は宿が一つくらいしかないだろうから、
宿はどこだと聞けばリュフタたちもすぐにわかるだろう。
遅いようならば連絡手段を適当に考えればいいのだ。
「ま、ルージュの言うとおりってことで。さ〜て・と。宿はあれかな〜?」
ナハルティンが見た方向に建っているのは、
この村では珍しいきちんとした石造りの建物だ。
木の看板には、手書きででかでかと「INN」の文字が書かれている。
周りにはたくさんの大型テントが立ち並んでいて、
宿泊客らしい人々がたむろしていた。
ここにやってきた時に見かけたテントは、どうやら宿屋のものだったようだ。
たぶん、スペース不足なのでこうやって対応しているのだろう。
「宿屋でテントかよ……。」
リトラが思わずぼやく。今日はまともな寝床で寝れるかもと、期待してたのだろう。
これでぼってたら許さねえだのとぶつぶつ言い始めた。
「ええっと……とりあえずカウンターはこっちの方でいいんですよね?」
「だろうね〜。ほーらそこ、ぼやいてないでさっさとチェックインするよ〜ん♪」
ナハルティンがペリドの右手を引いて、
2人でさっさと建物の方に入っていった。
残されそうになった男3人は、彼女の勢いに少々閉口しながら後に続いて入っていく。

―宿屋・雑草魂―
中はまだ日が高い時間だというのに、
宿の中はチェックインする宿泊客でごった返していた。
他の町と違って、大荷物を背負っている人や一家らしき客が多いが、
この村の状況から察するに、多分彼らはここに移住するつもりなのだろう。
家は急に建てられるわけではないので、
ついてすぐならこういった施設で休むのは自然なことだ。
リトラ達のような旅人の姿もないわけではないが、比率的に数が少ない。
こんな辺境だから、冒険者にとって得になるような話もないのだろう。
「あ、チェックイン済んだよ〜ん♪
ちなみに、7人と1匹で350ギルだったから〜。」
「はえーな、おい。」
さっき入っていったばかりで、
しかもこの混みようなのにすぐに帰ってくるとは思ってもいないリトラ達は少々驚いた。
列に割り込みでもしたのかとリトラは思う。
「受付の人が3人も居ますし、とても手際が良かったので……。」
「それで、泊まる場所はどこになったんですか?」
「赤と黄色の旗が立ったテントの、奥行って右の方だってさ。
とーりあえずご飯は出るけどー……、フィアスちゃん居るからね〜。」
それは言えていた。フィアスの食べる量は尋常ではない。
普通の店や宿屋で出してくれる量では、到底足りないのである。
「そうだな。まぁ……後でそれは外からとってくるか買えばいいな。」
「……買ったらお金が持ちませんね。」
パーティに加わってから日が浅いジャスティスも、
フィアスの食欲が半端でないことはよくわかっていた。
もし彼が食べる食料1日分を全て買ってまかなおうとすれば、
1人で一般人の5倍以上の費用がかかる。はっきり言ってやってられない。
だが、とりあえず夕飯の算段はいつものことなので後回しだ。
「まあいいだろ。とりあえず荷物置きにいこーぜ。」
「そうですね、行きましょうか。」
リトラ達は宿屋の建物を出て、外にたくさん立ち並ぶテントの方に向かった。
宿としては少し粗末な気もするが、テントの寝泊まりには慣れているので問題ない。
何より、テントだけに安い。それだけで特にリトラは十分に気に入った。
それから2時間後には買い物に行っていた仲間も帰ってきたので、
夕食をとってしばらくしてから眠りについた。

その夜、ルージュはテントを出て一人で外にたたずんでいた。
するとそこにナハルティンがやってくる。
「あっれー、あんたまだ起きてたの?」
「文句あるのか?」
単に元々半夜行性だからなのか、ルージュは夜に強い。
もう11時過ぎだというのに、まったく眠そうな様子を見せずに起きている。
「べっつにー?ま、起きてるんなら都合がいいや。
ちょっとした話し相手くらいにはなってよね。」
「はぁ?くだらない話だったら俺はつきあわないぞ。」
あきれたような馬鹿にしたような声で、
ルージュはつっけんどんな返事を返した。
だが、これくらいで引っ込むほどナハルティンはやわではない。
「んー、そんなに悪い話じゃないと思うけどー?
ま、ちょ〜っとばかし寝てる連中が起きなきゃいけなくなるだけで。」
「……なるほど。よくわかったぜ。」
ルージュの知覚にわずかに届いた、危険な何者かの気配。
確かに眠っている場合ではなくなりそうだと、ルージュは思う。
「もうじき来そうだけど〜……、今のうちに起こしとくー?」
「どうせ今起こそうとしたって、2度寝するのがオチだ。
準備をする時間がぎりぎり取れるくらいで、たたき起こせばいいだろ。」
竜や魔族ではないのはもちろん、魔物や純粋な動物でもない残りの仲間が、
まだ離れた位置にある危険に気がつくとは思えない。
おそらく寝起きの頭で何もないと判断したら、
よくも起こしてくれたななどと文句をつけてまた寝入るだけだろう。
結果の予想など簡単につく。
「じゃあ、来るまでほっとこっか。
ま、超やばいってワケでもないしね〜。」
けらけらとナハルティンが笑った。
確かに子供とはいえ、上級魔族である彼女に言わせれば大概のことは危険ではない。
それにルージュ自身の感覚も、何者かが圧倒的な脅威ではないと告げている。
もし仮に相手が高位種族でかつ敵意があるとしたら、
ナハルティンだってこんな悠長なことは言わない。
たとえ仲間が寝てるままでも即座に引きずってクークーの元に行き、
その足でさっさと空へ逃げるだろう。
「ま……今は見張っておくか。」
「じゃ、ヒマだしあたしも見張ってよ〜っと。」
別に2人で見張らなくてもとルージュは思ったが、
単なる気まぐれのようなので何も言わないでおくことにした。
上級魔族は長命ゆえに、基本的に暇つぶし探しが生きがいのようなものだ。
今回も暇つぶし以外に理由なんてないのだろうから、
しつこく追求しても仕方がない。
「……じゃ、好きにしろよ。」
「言われなくても好きにするけどね〜♪」
けらけら笑ってくるっと後ろを向いた彼女にばれないように、
ルージュはこっそりため息をついた。
全く、どこまでも人を振り回すタイプだと思いながら。
しかし今はそんなことにかまっている場合ではない。
注意を払いながら、ただひたすらに招かれざる客を待つだけだ。
だがその前に、少し準備をしておかなければならない。
「おいナハルティン。」
「んー、何〜?」
「俺から一ついいアイデアがある。
大したことじゃないけどな……『暇つぶし』に協力してくれないか?」
「ふーん……いいよ。」

がさがさと草を掻き分け踏みつける音が、静かな草原に響く。
夜の草原を、たった一人で歩き続ける黒髪の少年。外見上の年齢は、リトラやペリドと大差ない。
その手に握られているのは、黒いモーニングスター。冒険者だろうか。
しかし、その炎のような赤と黄の2色を併せ持った瞳は、
まるで魂のない人形のように虚ろだった。
どのくらい歩き続けてきたのかはわからないが、
彼はギルベザート開拓村にたどり着き、そこで足を止めた。
「ニンゲンノケハイ……。」
つぶやいた言葉が、彼の波一つ立たない心に染み渡る。
だが小さなしずくに過ぎないその言葉は、彼の心の奥にある何かを呼び覚ました。
「ニンゲン……。」
“殺せ。”
頭の中でささやきかけるその声は、もう一人の彼なのだろうか。
機械のようなぎこちない動きで、その声に答えるように少年はうなずいた。
「ニンゲン……コロス!!」
そしてその瞬間、彼の瞳に強い憎しみの光が宿った。
「人間を殺す」という目的が、
これから彼を虚ろな瞳の人形からキル・マシーンに変えるのだ。
そして殺すべき人間の姿を求めて村の中に入り込む。
―ドコダ?
じっくりと確かめるように、辺りを見回しながら進んでいく。
だが、まだ人間の気配は見当たらない。
ここに確かにいるはずなのだ。気配もあるし、生活している証拠だってある。
しかし、どこもかしこもしんと静まり返っていた。
徐々にあせりと苛立ちを覚えたのか、ギリリと歯を食いしばったそのときだった。
「探してもむだだぜ、黒髪の賞金首さんよぉ。」
「……!!」
横から聞こえたリトラの声で、黒髪の少年がはっと振り返る。
少年の目に、武器を持って待ち構えていたリトラたちの姿が目に入った。
「残念ですけれど、皆さんはもうとっくの昔に安全な場所に避難されてます。
ここにいる人間は……一人くらいですよ。」
あの後ルージュとナハルティンは、
言葉巧みにここにいる人間達の危機感をあおって避難させたのだ。
まだ開拓途上のこんな土地でも、物資を安全に蓄えるための地下倉庫はある。
そこに入らなかった人々も、各自考えられる手段で避難済みだ。
彼らの方が少年より一枚上手だったというわけである。
「テメエラ……ヨクモジャマシテクレタナ!!」
ようやく自分の当てが外れたと悟った少年が、
まるで牙をむく猛獣のような形相でリトラ達をにらみつけた。
だが、フィアス以外のメンバーはさほど動じることはない。
「邪魔するに決まってるでしょー?
別にあたしはさー、人間なんかどうなろうと知ったことじゃないけど。
ハメられた奴のそういう顔を見るのは、たまらなく楽しいからね〜。」
激昂する少年の顔がおかしくてたまらないと、
ナハルティンはけらけら笑った。魔族の本領発揮と言ったところか。
結果はともかく、そこに至る論理が嫌なジャスティスは顔をしかめる。
「こっちはあんたのせいで、
こんな真夜中にたたき起こされたんだからね!
賞金首でなくたって、きっちり責任とってもらうよ!」
気持ちよく眠っていたところをたたき起こされたアルテマの恨みは深い。
今少年が抱いている怒りとは方向性が違うが、その深さは勝るとも劣らないだろう。
もちろんその恨みは、アルテマ以外のメンバーも抱いている。
「ねむいよぉ……。」
フィアスが目をこすりながらぼやく。
緊張感などまるでないが、眠いものは眠いのだ。
「ネムカッタラネカシテヤルヨ……エイエンノネムリニナ!!
ニンゲンジャナクテモ、ヨウシャシナイゾ!」
「そっちが勝手に襲ってきたんやろ!?」
逆上して怒鳴った少年に、リュフタがすかさず言い返す。
襲ってくるとわかっていたのだから、それを未然に防ぐのは当然なことだ。
「他者をむやみに傷つけるなんてまねは、これ以上させませんからね!」
ペリドは少年にかけられた賞金なんて、本当はどうでもいい。
ただ、これ以上むやみに他者を傷つけることを許したくないのだ。
絶対に逃がさないという決意が、ペリドの黄色い瞳に宿る。
「ウルセェ!!」
「おっと!」
少年が投げつけてきた炎の弾を、リトラは斧を盾にするようにして素早くよけた。
弾かれ的を失った炎の弾は、あっさりと空中で消える。
「コノヤロウ……!!」
よけられたことでますます少年は腹を立て、
これ以上歪めようのないくらいに怒りで顔を歪めた。
その怒りに呼応して、彼の体を炎のようなオーラが取り囲む。
「全てが凍てつく氷の力よ、我が剣に宿れ。ブリザラ剣!」
アルテマのミスリルソードにブリザラの氷の力が宿る。
もともと青白い光を帯びていた剣の輝きはさらに青みを増し、
冷たい冷気をはらんで光り輝く。
「さぁ……もう逃げられませんよ。
どうしても戦いを避けたいのなら、武器を捨てて裁きを受けなさい。」
人数なら、1対8で断然こちらの方が有利だ。
それに8人の中には、ドラゴンや上級魔族といった高い能力を備える種族も居るのだ。
ジャスティスは、自分の言葉に従うことが生き延びる最後のチャンスだと暗示した。
だが、少年は不利と知っているのか勝算があるのか、
彼の言葉をフンと鼻で笑う。
「サバキ?ソンナモノ、ウケルキナンテナイ!!
オレハ、ニンゲンヲコロスダケダ!!」
言うが早いか、今度は手にした黒いモーニングスターを振り回し、全員一網打尽にしようと試みた。
だが、がむしゃらに振り回したその一撃は、
フィアスでさえも交わすことが出来るほど狙いが甘いものだ。
攻撃をかわしたその足で、8人全員が少年を取り囲むような陣形を作り上げる。
「どうしても戦いたいってか?
まあ、それでもいいだろう。……せいぜい楽しませてもらうぜ。」
ルージュがケケケと独特の嫌な笑い声をもらす。
こうして真夜中の戦いは、火蓋を切って落とされた。


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へい一丁あがりぃ!(何だお前
どうにか2ヶ月の悪夢は回避しましたが……また1ヶ月オーバーですよ。
あいたたた……次回か次々回は書き溜めてある小説のパーツがあるので、
焼け石に水程度にはましかもしれませんが。(その程度かよ
これのアップをしてるとき、頭が痛かったです……風邪で。